| 2012.4.13 | = BACK = | = HOME = |
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別名 |
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歴史:寒川氏の配下、四宮右近が城を守っていたが、1570年(元亀元年)阿波の三好長治に敗れる。その後。長宗我部元親により落とされるが秀吉の四国侵攻により、元親は追われ仙石氏が入る。十河・尾藤・生駒(赤穂城主)が入るが一国一城令により廃城となる。 |
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メモ:登り始め暫くすると岩場群に出くわす。尾根伝いに登ると西の郭跡の石垣が飛び込んでくる。南の郭・東の郭と進むと結構石垣が残っている。東の郭南面の石垣が西の郭方面から見ると中々のものである。
各郭跡は尾根を削り取り平坦化している。北の郭の石垣は見応え十分でした。帰りはワラビ取りに忙しかったです。 |